1997〜1998年
またしてもブルガリアがオリンピックで勝てなかったことと、動きのスタイルばかりを重視する新体操に魅力を感じなくなったこともあって、97年はテレビ放送はやっていたみたいだが見ていない。ペトロバのような選手が評価されないような競技に何の未練もないと思い、競技としての新体操を見限っていたのだ。ビトリチェンコやリプコフスカヤが活躍していたことも知らなかった。リプコフスカヤはロシア選手の中では好きな方だったので見ておくべきだったかな。
翌98年は、次の世界選手権が大阪で開催されることを知り、また新体操を観ようという気になりました。新体操界の世代交代と低年齢化は近年激しくなり、15歳のロシアのカバエバがジュニアからシニアになったとたんヨーロッパ選手権を制覇した。久々に観るぞという気になって、イオンカップに期待していたのに、なんだこりゃ。カバエバはともかく、選手達の演技がほとんど映らないではないか。アレクサンドロバ(以下テオドラ)を観たのはこのときが初めてだった。
続くエプソンカップでは、演技中心に放送してくれたので良かった。それにしても、カバエバ…ねぇ。本当に新体操は新新体操にでもなってしまったのか。もし自分が選手だったら、カバエバを観てきっと途方に暮れるだろう。どうすりゃいいのか、と。カバエバは、驚異的な柔軟性をとにかく見せつける。並みの柔らかさではない。ジャンプも高い。それだけで高い点が出てしまう。97年の世界チャンピオンとなったビトリチェンコも食らい付くのが精一杯というかんじでしょうか。ルールが変更されて、アクロバティックな動きが認めらるようになったが、ロシアはその流れの勢いに乗ってあっという間に新体操の主導権を握ってしまった。
…後になって、ビデオで97年のイオンカップとエプソンカップを見る機会に恵まれた。私の思っていた以上に97年はいい選手、いいと思う演技がたくさんあった。前年のアトランタの時には、動きが正確なだけで特に感動もしなかったビトリチェンコが変貌していたのが素晴らしかった。演技はもとより音楽がよくなっていたのがね。ティモシェンコ以降、ウクライナの音楽はどうにも私の好みではなかった。選曲はともかく、安っぽいMIDI音みたいな音色とアレンジが気に入らなかったのですね。私にとっては演技以上にまず演技で使用された音楽が重要ポイントなので…。そういう点ではロバチ以前を除いたベラルーシも今いち…なんですよね。まぁ音のことはさておき、他にもオグリツコ、パブリナといったベラルーシの選手の活躍、セラノやトスタドなどアトランタ出場組も安定した演技を見せていた。若手では、ブルガリアからテオドラが登場、ロシアのリプコフスカヤも想像以上に演技の切れがよくなっていて堪能しました。この頃はルールが変更されて、アクロバティックな動きが認められるようになり、新体操は一体どうなるのかしら??と思いましたが、ベテランと若手が切磋琢磨してよい雰囲気をかもし出していたと思います。しかしそのバランスも長くは続かず、やはりカバエバがシニアとして登場してくるまでのことだったのだなぁと再認識させられた。
1999年
NHK-BSで、アメリカで行われた四大陸選手権を観た。村田由香里の急成長に驚いた。全種目安定していて切れ味の良い技が素晴らしかった。一方の松永里絵子は、故障の影響か動きに軽やかさが見られなかった。私が一番気に入った選手は、カナダのエリカ・リー・スタートン。音楽のセンスが光っていたし、動きもそれに合わせてよく錬られた構成だ。ヨーロッパの演技に迎合しない、カナダ独自の新体操をしようとしている点もいいなぁと思った。
そしていよいよ世界選手権ですよ。カバエバ有利はわかっていたものの、私にとって大阪の世界選手権ほど、悲しい気持ちになった大会はなかった。テオドラがもの凄く素晴らしい選手に成長していたからである。ブルガリアの伝統を受け継いだ緻密な構成も素晴らしいし、音楽と動きもばっちり合っているし、難しい大技がこれでもかと入っている。大阪のお客さんも大喜びだ。しかし、テオドラがいい演技をすればするほど、彼女が笑顔を振りまき一生懸命やればやるほど、私の悲しみは増幅される。ひとえにこれはすべて、彼女の素晴らしさは得点に反映されていないからだ。新体操も競技である以上、どんなに観客を盛り上げても、結果が全てである。実況アナも解説者も必ず、彼女を評する言葉として"日本で大変人気がある"とか"人気は恐らく世界一"というような言い方をする。裏をかえせば、要するに人気はあるが、審判の評価はそれほど高くないといっているようなものだ。"彼女の愛らしさが人気の理由"なんて、いいかげんな発言はやめてほしい。テオドラが人気があるのは、彼女の演技が素晴らしいからである。観客は、彼女の演技に感動しているからこそ声援を送っているのだ。テオドラは決勝のボールで、ほぼ完璧な演技をしながらも出た得点は、9.925止まりであった。そしてカバエバがボールの演技をすると、なんの躊躇もなく10点が出て優勝。怒ったのはこの後。突然優勝インタビューなどをはじめおって、テオドラの最後のリボンの演技の放送がまるまる飛ばされてしまったのである。あの演技すごく好きだったのにーー!私はテレビの前で怒りまくってしまいましたよ。NHKのバカ〜〜!! インタビューなんて後でやればいいものを……。
とにかくカバエバはぶっちぎりで優勝したということです。さしずめ観客を味方につけるテオドラと審判を味方につけるカバエバ、とでもいえようか。断っておくが、私はカバエバが嫌いなのではない。魅力的な選手だと思うし、身体能力の高さは随一だと思う。私が納得できないのは、審判の採点の基準がカバエバを軸としている点である。これでは、対抗できるのは若いラスキナや同じロシアのバルスコワくらいであることは明白である。審判のよしとする演技からみれば、テオドラの演技、というよりブルガリア新体操は「異端」になってしまうからである。私は観ていないが、団体でもブルガリアは会場内の大歓声とは裏腹に、低い得点で8位に残れなかったというではないか。信じられないことである。今のルールや採点法は本当にこれでいいのだろうか。そういう疑問を持っているのは、私だけではないはずと思いたい。実際、選手の中でも審判の出す採点に不満を持つ人が近年多いことも、非常に気になることである。新体操が競技として成熟していく過程で、難度の要求が高くなるにつれて、選手の低年齢化が進む一方、工夫された手具操作やゆとりのある表現などが失われつつあると思う。難度さえうまくできれば、柔軟性さえあればそれでいいのか...。表現力や芸術性に得点をつけるのは難しい。ましてやそのような演技をすることは、技術だけで補えるものではないので、もっと難しいことでもある。今のような技術重視の採点法は、ある意味採点がしやすい、分かりやすい判断基準ともいえる。そのように考えると、カバエバの得点が高くなるのは、至極当然の結果である。
納得のいかないことが多くて憤慨しっぱなしの私だったが、好きな選手も見つけた。ベラルーシのバトキナ。国別対抗でしか観ていないが、素晴らしいセンスを持っていると思った。雰囲気がどことなくマリノバに似ていると勝手に思いこんでいるのですが。シドニーに出るのは難しいだろうけど、今後の成長を期待しつつ応援しています。
続くイオンカップ。カバエバ&ビトの新旧女王を中心に、試合前の練習風景や彼女たちの素顔を追いつつ、イオンでの演技がはさみこまれるという内容だ。ナレーションは、なんでか斉藤由貴でほんわかしたムードである。カバエバの練習をじっと見つめる、テオドラらのブルガリア選手たちやネシュカコーチを見るにつけ、またもや複雑な思いがこみあげてしまいました。
それにしても相当体を絞ってきたビトのシドニーへかける執念には、並々ならぬものを感じました。選手としてはとっくにピークを過ぎ、体力的にどんどんきつくなるというのに高度な演技を仕上げる力は凄い。ウクライナの神髄を観たという感じだ。若さと勢いが主流の演技の中で、彼女の完成された身のこなしは相当目立っていたし。でも、観ている方はなんだか苦しくなってくるよ。
パブリナもベテランの域に達し、円熟した演技を見せたが優勝を争うまでには届かない。彼女の演技の放送の時、解説の山崎浩子が気になる発言をした。パブリナを評して、「手具操作を大切にする新体操"本来"の良さを持っている選手」のような意味のことをいっていた。今の主流は、"本来"の新体操ではない、と暗にほのめかしている、ともとれる。彼女は、毎日新聞に連載しているスポーツコラムでも、行き過ぎた新体操選手の柔軟性について危惧する内容の文章を書いていた。いろいろ考えさせられます。
